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沢尻エリカ
東京都
| 民族 =
| 血液型 = A型
| 生年 = 1986
| 生月 = 4
| 生日 = 8
| 没年 =
| 没月 =
| 没日 =
| 職業 = 女優、歌手
| ジャンル = 映画、テレビドラマ、コマーシャル・メッセージ|CM
| 活動時期 = 2001年 - 現在
| 活動内容 =
| 配偶者 =
| 主な作品 =映画
『パッチギ!』『手紙 (2006年の映画)|手紙』
ドラマ
『1リットルの涙 (テレビドラマ)|1リットルの涙』『タイヨウのうた』
| 日本アカデミー賞 = 優秀新人女優賞 第29回日本アカデミー賞|2006年『パッチギ!』
話題賞・俳優部門 2006年『パッチギ!』
| その他の賞 =2005年
第18回 日刊スポーツ映画大賞・新人賞
第30回 報知映画賞・新人賞
第27回 ヨコハマ映画祭・最優秀新人賞
第15回 東京スポーツ映画大賞・新人賞
第79回 キネマ旬報・新人女優賞
第43回 ゴールデン・アロー賞・新人賞
2006年
エランドール賞新人賞
| 備考 = 2006年
Kaoru Amane”名義で歌手デビュー
2007年
ERIKAとして自身にとって2枚目のシングルをリリース。
}}沢尻 エリカ(さわじり エリカ、1986年4月8日 - )は、日本の女優、歌手。日本人の父とフランス人の母を持つハーフ。スターダストプロモーション所属。日出中学校・高等学校|日出女子学園高等学校中退。名前の由来は花の名前(ツツジ科のエリカ属|エリカ)から。沢尻エリカ#ERIKA|ERIKA名義で歌手活動もしている。
来歴
小学校6年生の時に芸能界デビュー事務所に履歴書を送る際に、写真欄にプリクラを貼って提出した(メントレG (2007年9月16日、フジテレビ)にて、沢尻・談)。。初めての仕事は、りぼんの懸賞ページのモデル。その後『ニコラ』のモデルとなった。フジテレビビジュアルクイーンオブ・ザ・イヤー2002に選ばれ、その後2003年に、TBS系『ホットマン』で連続テレビドラマに初出演した。翌2004年には、映画『問題のない私たち』で準主演を務め、映画初出演を果たし、以後話題作への出演が続いた。2005年に公開の映画『パッチギ!』で演じたリ・キョンジャ役が高く評価され、数多くの映画賞新人賞を受賞した。沢尻は『パッチギ!』について「映画だけど映画じゃない。そういう事実を伝える最高の教科書みたいなもの」と語った。この映画を通して女優として得たものも多く、「結果がどうであれ物事にぶつかっていくことに意味がある」とも発言している。映画だけでなく2005年、フジテレビ系で放送の初主演ドラマ『1リットルの涙#テレビドラマ|1リットルの涙』での演技が評価され、2006年エランドール賞・新人賞や、第43回 ゴールデン・アロー賞・新人賞を受賞した。2006年、東京放送|TBS系で放送の主演ドラマ『タイヨウのうた』で演じている“Kaoru Amane”名義で歌手デビュー。オリコンチャートで2週に亘って第1位を獲得し、女性アーティストのデビュー作最高初動売上(初動15万枚)、女性アーティストのデビューシングルとして、史上初の初登場から5週連続TOP3入りなどを記録した(オリコン)。同年には『シュガー&スパイス 風味絶佳|シュガー&スパイス 風味絶佳』『オトシモノ』『天使の卵-エンジェルス・エッグ|天使の卵』『手紙 (2006年の映画)|手紙』など、主演を含む5つの出演映画が公開された。
人物
人となり
元々は天然パーマで、『ニコラ』のモデル時代の初期の写真はクルクルヘアーだった。そのころ掲載されたプロフィール紹介において、自分の好きなところと嫌いなところは何かという質問に、「嫌いなとこも好きなとこも天然パーマなところ」と発言した。さばさばとした性格で、本人も自らを男っぽい性格と言っている。自分のいいところはごきげんなところで、ダメなところは、飽きっぽいところと熱しやすく冷めやすいところ『日経エンタテインメント! 』(2006年10月号、日経BP社)。好きな言葉は「ありがとう」で、嫌いな言葉は「がんばれ」。アイドル時代の夢は女優かヘアメイクアーティストになることだった。今でも写真、CM、舞台挨拶などのときのメイクはほとんど自分でする。その振舞いから「エリカ様」、「女王様」と言われることも多い。2007年9月29日自身が主演する映画「クローズド・ノート」の舞台挨拶で不機嫌そうな振舞いを行い沢尻“女王様”が舞台あいさつでダンマリ、質問にも「別に…」(2007年9月30日 サンケイスポーツ)、2007年10月2日には、この件に関して公式ページに本人名義で謝罪し、その後テレビ番組出演時のインタビューでも謝罪した。
仕事
女優としてのポリシーは、まずシナリオを読んで、その役をイメージできるかが重要で、イメージできればやるし、できなければやらない『ViVi』2007年10月号、講談社。役に入っているときは集中するので、そのあと休暇をとって「役落し」をしないと次の作品に入れない。フジテレビ系ドラマ『1リットルの涙 (テレビドラマ)|1リットルの涙』の撮影期間中に、一度リハーサルを拒否して逃げたことがあるメントレG (2007年9月16日、フジテレビ)。
生活・趣味・家族
日本人の父とフランス人の一覧|フランス人の母をもつ混血|ハーフで、3人兄妹の末っ子である。父親はエドノコバン他、16頭の競走馬を所有していた馬主だったが、中学3年の時に癌で死去。母親は以前、地中海レストランを経営。店には沢尻のポスターが貼ってあり、沢尻も時々、店を手伝っていた。このレストランは営業を終了しているメントレG (2007年9月16日、フジテレビ)にて、沢尻・談。次兄は高校1年の時に交通事故で死去。長兄も俳優である。家族ととても仲が良く、沢尻は「“大切”という言葉では表現しきれないほど強い力で結ばれている」と語っている。ドラマや映画の撮影後は家族旅行に出ることが多く、「タイヨウのうた」撮影後は家族で沖縄旅行へ行った。住まいは母親と同じマンションで、母親と別の階に住んでいる。部屋にはハンモックをつるしている新堂本兄弟 (2007年9月23日、フジテレビ)にて、沢尻・談。自分で料理することはあまりなく、母親に作ってもらうか外食するナイナイサイズ(2007年9月22日、日本テレビ)にて、沢尻・談。父親の影響もあり、小さいころから馬に親しみ、乗馬が得意である。ダンスを習っていたことがある。また、音楽は「好き」というレベルではなく、生きていくために欠かせない一部である。
その他
ネットや雑誌などでうわさになった「沢尻会」の存在は完全否定しているナイナイサイズ(2007年9月22日、日本テレビ)。「ある訳ないじゃないですか。もう、完全に皆さんメディアに踊らされていますよ。」と語った。。また、うわさのもう一方の当事者である長澤まさみを自身のラジオ番組のゲストに招いて歓談する様子が放送されている沢尻エリカ REAL ERIKA(2007年6月8日、NACK5)。長澤の20歳の誕生祝いに、アロマキャンドルとDVD『あの頃ペニー・レインと』をプレゼントした。。映画『クローズド・ノート#映画|クローズド・ノート』で万年筆に貢献したとして、万年筆大使に選ばれた。


